本の話-読書感想文

でっちあげ-事実と真実は別物-


強烈なタイトルに惹かれて買った1冊。
そして、芸能ジャーナリスト井上公造さんの、
「事実と真実は違う。事実はわかっても、真実はわからない。」
という言葉を思い出した本です。
『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』
福田ますみ著/新潮文庫
実際にここ福岡で起こった事件のルポルタージュ。
裁判前と後で、
大きく事実がひっくり帰ったこの事件。
裁判前は、
生徒いじめをしたとんでもない教師がいると、
地元に留まらず、全国のメディアが、
(あったとされる)いじめの内容から「殺人教師事件」として報じられた事実。
裁判が始まり、
報じられたようないじめは、
ほぼ認められなかった、という事実。
判決では一部いじめが認められた事実。
メディアはいじめられたとされる子の親の意見だけを聞き、
周辺取材を一切せずに報じていたという事実。
こういう時に守ってくれない校長、教頭だったという事実。
校長、教頭の言われた通りにしてしまい、
していないのにいじめだと認めてしまった気弱な教師。
それを真に受けてまた大きく報じるメディア。
それをまた真に受ける世論。。。
では、裁判後はというと、、、
ぜひ読んでいただきたいので書きませんが、
要するにこの本のタイトルに行き着くわけです。
そんな事件があり、判決が出たという事実は、
知ることができますが、
本当にいじめがあったかどうかという真実は、
当事者同士にしかわかりません。
我々は報じられた「事実」しかわからず、
しかもそれはひとつの側面でしかないわけです。
全方位取材に基づいていない「殺人教師事件」を、
記者も世論も真に受けて、
裁判においてそれほどのいじめが認められなかった教師を、
糾弾し続けていたわけです。
真実は知らないくせに。
糾弾される側もたまったもんじゃないですね。
もし、自分が糾弾していたとしたら、、、
怖いですね。
事実をどう捉え、向き合うか。
どんな意見を持つのか。
そのポジションを間違うと、
真実を見失うことになりそうです。
事実か、真実か。
そもそもそれは別物である、
ということを改めて教わる本でした。
一枚の葉に捕らわれていては木は見えぬ。
一本の木に捕らわれていては森は見えぬ。
見るということは、
見るともなく全体を見ることのようだ。
ということですね。
今のはバガボンドで、沢庵が武蔵に言ったことばです。
(最近沢庵語録多し)

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